コラム
2022/03/28
開幕カードの最終戦、最終回。今シーズンの初勝利まであとアウト1つのところまで迫っていたが、その先の展開が非情だった。
1点差を追うカープは満塁のチャンスをつくり、打席には西川龍馬。山﨑康晃が投じたツーシームを捉えると、打球は伸び、背走するセンター桑原将志の頭上を越えた。
3人の走者が生還し、逆転。ベイスターズは9回裏の攻撃で1点差に迫り、同点、逆転サヨナラへの望みをつないだが、宮﨑敏郎の放った飛球が一塁手のミットに収まったところでそれも潰えた。
ホームでの3連戦を未勝利で終え、チームはしばし横浜を離れることになる。
3月25日の開幕戦は、被安打17、失点11と、カープ打線に打ち込まれた。
翌26日の2戦目は、被安打14、失点10。勢いづいた相手を抑え込めなかった。
だから、3戦目の先発を託された坂本裕哉は、マウンドに向かうにあたりシンプルな誓いを立てた。
「チームが勝てるピッチング、チームがここから勢いに乗っていけるピッチングを目指す」
好調のカープ打線には早打ちの傾向があった。「カウントを取りにいくのではなく、カウント球から勝負球のつもりで」。積極的に仕掛けると決めていた。
坂本はプロ3年目。過去2年はコロナ禍に見舞われたため、ほぼ満員の横浜スタジアムで投げるのはこの日が初めてだ。これまでとは違う声の響きや拍手の音は、見えない手となり、「20」が記された背中を押した。
支えとなったのはそれだけではない。昨シーズンの終了後から自身が重ねてきた努力の数々が生きた。坂本は言う。
「まずは、いちばんの土台である体自体の力を強くしなければいけないと考え、パーソナルトレーナーのもとに通い詰めてウェイトトレーニングに取り組みました。投球フォームにも課題が多かったので、自分の理想に近づけることを意識してやってきた。あとは新球種のツーシームをオフ、キャンプと練習してきて、ものになってきたかなと」
フォームの変更とツーシームの習得について補足しておこう。
今シーズンの坂本は、いわゆる2段モーションを採り入れたフォームで投げている。きっかけは、小谷正勝コーチングアドバイザーからの助言だったという。
「体重をしっかり軸足に乗せて、力をフルにボールに伝えるのが狙い。小谷さんにアドバイスをいただいてキャンプから取り組んでみたら、自分が思っていた以上に早くなじんで。現役時代、2段モーションで投げていた三浦(大輔)監督にも話を聞いて、自分にいちばん合った形をつくってきました」
ツーシームの習得に関しては、以前からその必要性を感じていた。1年目、2年目ともに、対左打者の被打率の高さが課題として浮かび上がり、良き手本となるような「左打者に強い左投手」をおのずと探し求めた。
そして目に留まったのが、タイガースの髙橋遥人だった。
「左打者に対して、すごく有効にツーシームを使っていた。この球種が一つあるだけで、こんなにバッターは嫌がるんだなと。自分にも必要かもしれないと考えるようになりました」
もともと左打者のインコースに直球を投げ込むことは苦にしていなかったが、それだけでは抑えきれない現実があった。内に食い込む球を覚えれば投球の幅が広がる。昨秋のみやざきフェニックス・リーグから挑戦を始めると、こちらも想像以上にスムーズに習得は進んだ。
左腕の進化は、オープン戦で披露された。3試合11イニングを投げて無失点。安定した投球を続け、最終登板となった3月16日のスワローズ戦終了後、首脳陣から開幕3戦目の先発を伝えられた。
ただ、坂本はまったく気を緩めなかった。視線はもっと遠いところに注がれていたからだ。
「キャンプに入る前から、競争のなかでも突き抜けた結果、突き抜けた存在感を出すことを目標に掲げていて、結果的に無失点でシーズンに入れた。でも、(開幕ローテーションに)入っただけじゃ意味がない。もう3年目で、今年がいちばん大事な年。1年間ローテーションを守って、最終的には先発の中心として回れるぐらいの活躍をしよう。その思いをあらためて強く持ちました」
今シーズン初先発までの10日間余り、「最善の準備」を尽くすことだけを考えて過ごした。
心地よい緊張感に包まれて横浜スタジアムのマウンドに立つ。体はよく動いた。初回を三者凡退で終わらせて、リズムに乗った。
2回、3回、4回と、坂本は1人の出塁も許さなかった。
「相手がどう出てくるのか。それがわかったうえで、ミーティングで対策したことをプラン通りにできた」
3回には味方打線が2点を先制。ベイスターズ優位の展開はしかし、5回に一変する。
坂倉将吾にこの試合初めての安打を許す。次打者から三振を奪って2アウトとしたが、そこから4連打で4点を失い、逆転を許した。
坂本が反省点として挙げるのは、メンタルの部分だ。
「冷静さを持っていたけど、その冷静さが大きかったというか……。バッターを仕留めにいく気持ちをもうひとつ、強く持たないといけないところだった」
昨シーズンまでの坂本なら、走者を溜めたところで「あっぷあっぷになって、中途半端な感じで勝負していた」。だから、ピンチを迎えてなお冷静でいられたのは進歩だ。
ただ、反撃に転じようとする打者を封じ込めるには、相手を上回る闘志も必要になる。その気持ちのバランスを見誤ったことが悔やまれるのだ。
「あのイニングは(直前の4回裏に)こっちのチャンスがつぶれたという流れもあった。その流れを止める勢いを持ったピッチングをしなくてはいけなかった場面。繊細なところではあるけど、それをしっかりやっていかないと勝てるピッチャーにはなれないと思う。もう二度と同じことをしないように、ピンチでも流れを止めるピッチングを今シーズンはしていきたい」
5回に佐野恵太が、6回には宮﨑がソロ本塁打を放って同点に追いつく。7回のマウンドにも上がった坂本は、2アウト二塁のピンチを迎えたものの、落ち着いて長野をセカンドゴロに打ち取った。
「(4点を失った)5回と同じ失敗をしなかったところ、うまく切り替えて投げられたところはよかった」
自己最長タイの7イニングには、悔しさと手ごたえが同居していた。
ベンチに戻ると、歩み寄ってきた三浦監督から声をかけられた。
「今日のピッチングがお前の軸だぞ。まっすぐで力強く押せて、それがあって変化球が生きる。そういうピッチングの組み立てができていた。精度をもっと高めていけると思う。その軸を一本しっかり持って、シーズンを通してやり抜けるようにがんばれ」
粘りの投球はチームの勝利に結びつかなかった。開幕3連敗という結果を奥歯で噛みしめ、坂本は言う。
「試合の結果や内容を見れば、ファンの皆さんには『また負ける年になるのか』って思われてしまうかもしれない。でも、今年のスローガンにある通り、ここから反撃して優勝すれば、この負けなんて何でもなかったってことになると思う。この3連敗を引きずったところでいい方向には絶対向かないですし、優勝、日本一という目標から外れている選手は誰一人いないので、ここから本当の意味での反撃をチーム全員でやっていきます」
さらに続けた言葉に、3年目の自覚がこもっていた。
「その先発の中心に自分がいて、チームを勝たせられる存在に今シーズンからなっていけるように、毎試合、全力で投げたい。チームでいちばん(イニング数を)投げさせてもらうぐらいの気持ちでやっていきたいと思っています」
防御率は3点台前半以下に。平均投球回は可能な限り長く。
2年連続で4勝にとどまった坂本はそう目標を掲げたうえで、「飛躍します」と言い切った。