コラム

チームを照らす光になる
――森敬斗、負傷にも挫けぬ心

2022/06/20

 開幕から負けが続いていた日曜日の試合で、ようやく勝った。

 6月19日、甲子園球場で行われたタイガース戦の最終スコアは7-4。2回裏に3点を失う劣勢の展開だったが、直後の3回表に同点に追いつけたことが前半戦のキーポイントとなった。

 反撃の口火を切ったのは森敬斗の一打だ。2アウト走者なしの場面で迎えた第2打席、同学年の西純矢が投じた2球目のストレートをレフト前にきれいに弾き返す。次打者の蝦名達夫が初球を捉えると、森はセンターやや左に弾む打球を横目に見ながら速度を上げた。迷わず三塁も蹴っていっきに生還。文字どおり電光石火の攻撃だった。

 第4打席で内野安打をもぎ取った森は、まだ母数は少ないものの、20打数6安打で打率は.300に。現時点での感触を、こう話す。

「いまのところは五分五分くらい。できていることもあれば、できていないことも全然あるので。そういうところは波をうまく小さくしながら、やっていかないと」

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「走っているときに、バチン! と」

 2019年のドラフト1位指名選手は、今年で3年目を迎えた。レギュラー獲りの目標を達成する年として、以前からここに照準を合わせていた。

 春季キャンプでは自身初の一軍メンバー入り。森は言う。

「去年のシーズンが終わってから、走攻守すべてにおいてレベルアップするということをずっと考えてきて、キャンプでもそれを継続していました。もちろん打つこと、走ることもあるけど、やっぱりレギュラーを獲るとなったら、守れなきゃいけない。守備に関してはだいぶ強化してきました」

 石井琢朗野手総合コーチらによる指導のもと、宜野湾で汗を流した。2月26日のオープン戦初戦に「2番・遊撃手」でスタメン出場すると、いきなりの3安打で鍛錬の成果を示す。

「練習試合のときから、自分のイメージしていることや(コーチに)言われてきたことがしっかりと体現できていた。開幕スタメンに向けて、勢いを止めることなくこのまま行きたい、アピールしたいなという気持ちはもちろんありました」

 翌日の試合もスタメンに起用され、第3打席でヒットを放った。目標へ、着実に近づいていた。

 そこに落とし穴があった。

 一塁走者の森は、次打者の楠本泰史が放った二塁打の間に本塁突入を思い描く。ところが、三塁を回ったあたりで激しく転倒。地を這うようにベースに戻ったが、立ち上がることができない。

「走っているときに、もともと状態がよくなかった右のハム(太もも裏の筋肉)が、まずバチン! といって。そこでエネルギーの行き場を失ってバランスが崩れ、そのままのスピードで左足をつくときに捻ってしまいました」

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開幕絶望でも落胆しなかった理由。

 コーチらに肩を借りてベンチ裏に下がる。ゲーム中に分泌されていたアドレナリンの効果か、痛みが落ち着くのを感じた森は「これならいける」と考えた。だが、時間が経つにつれ、事態の深刻さを突きつけられることになる。

「だんだん痛くなってきて、足を(地面に)つけないくらい。それでも『開幕までにはなんとか治そう』と思っていました。精密検査をするまでは」

 診断は、右太もも裏の肉離れと左足首の捻挫。1カ月後の開幕に間に合わせるのは絶望的と言わざるをえなかった。

 当時の心境は――。そう問われ、森はさらりと答える。

「意外と落ち込んでなかったですね。しょうがないなって感じでした」

 この状況で落胆しなかった背景には、いくつかの要因がある。一つは、負傷の直後に三浦大輔監督から贈られた言葉だ。

「これまでやってきたことを結果で証明できていることはわかっているから。それはケガをしたとしても、変わらない」

 そう成長を評価してくれる指揮官の期待を知り、「復帰したら絶対にレギュラーで使ってもらおう」という気持ちをあらためて強くした。

 さらに、高校時代の教えもこのタイミングで思い返した。桐蔭学園の片桐健一監督はこう話していたという。

「ケガをした人は、ケガする前よりもよくなって帰ってこなきゃダメだ」

 だから森は悲嘆に暮れることなく、すぐに切り替えることができたのだ。リハビリの期間は「レベルアップすることしか考えていなかった」。

 ドラフト1位で入ってきたのに何をやってるんだ――そんな自己嫌悪とも無縁だった。森は言う。

「(1位指名のプレッシャーは)あんまり感じないですね。『自分にはできる』って思っているので。『期待に応えるしかない』って思っているので。たとえ結果が出なかろうが、次やればいい。絶対に期待に応えられるような活躍をするんだという思いがずっとあります」

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心を悔しさが占めた瞬間。

 この言葉にも表れているように、森のメンタルは根っからポジティブだ。復帰を果たしたいま「ケガ前よりもよくなったか」と尋ねられると、こんな持論を披露した。

「過去をあまり振り返らないというか。たしかに、あのとき(ケガをする直前のオープン戦)はヒットが出ていましたけど、そこに戻そうとは考えませんでした。これまでの時間で得られたことがたくさんあるし、もっと進化しようと思って過ごしているので、いまが最高の状態かなと思います」

 自身を常に、拡張する地図の最北端に位置づけているのだ。

 だが、前向きな20歳の心を悔しさが占めた瞬間もあった。3月25日、今シーズンの開幕を迎えた日。華々しい演出のもと横浜スタジアムの各ポジションに散っていく選手たちの姿を、森は青星寮のテレビで見た。

 そこに自分がいない現実が、心をえぐった。

 5月半ばにファームで実戦復帰を果たし、13試合に出場した。待望の一報が届くのは6月に入ってからだ。

「自分の感覚としてはファームに長くいたので、早く(一軍に)呼んでくれよと思っていました。昇格の連絡を受けたときは『やっと来たか』という感じでしたね」

 同3日のイーグルス戦に途中出場し、翌日の試合の7回に代打で今シーズン初打席を迎えた。当たりはよくなかったが、打球は遊撃手の上を越えてヒットになった。すかさず仕掛け、1つ目の盗塁も決めた。

 今年、最も感情が動いた瞬間として挙げたのが、この場面だった。

「打球が落ちてヒットになったところは特別なものがありました。初盗塁を決めたときも、歓声がワッと聞こえて……。やっぱり開幕スタメンに入れなかった悔しさがあったので」

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青柳を相手に見せた10球の粘り。

 自身にとっての“開幕”を迎えた森は、同19日のタイガース戦で今シーズン初めて1番打者としてスタメン出場した。相手先発はすでに7勝を挙げ、防御率も1点を下回る好投を続けてきた青柳晃洋だった。

 森は青柳に対し、昨シーズンの対戦ではよく打っていたこともあり「苦手意識はなかった」。

 第1打席の結果はファーストゴロ。ただ、ファウルでよく粘って、10球を投げさせた。ファームで大半を過ごした1年目は三振が多かったことを考えると、成長を感じさせる打席と受け取ることもできた。

 森はうなずく。

「そうですね。三振するときはどうしても顔がボールから離れたり、右肩が早く開いて下からバットが出たりすることが多かったので、ちゃんとボールを見てバットを素早く出すということは意識しながらやってきました。それが結果として出て、ファウルで粘れたことはよかったかなと思います。ただ、あの打席を全体として見ると、いい印象ではなかったですね。『なんで前に飛ばないんだろう』って」

 第3打席にヒットを打ったが、この日の森は青柳の投球、独特のタイミングに苦しめられた。

 収穫は第4打席、左腕の岩貞祐太からヒットを放てたことだという。

「まず、左ピッチャーから打てたこと。それから、速いボールに対してゆっくりと長く見られたことと、高めのボールに対しても上からパチッと叩けたことがよかった。対左投手への意識は、もうそこまでありません。去年は全然打てなくて『あれ?』と思っていたけど、今年のキャンプでは左ピッチャーからのほうが打てた印象があるくらいなので」

 ただ、左腕の伊藤将司が先発した翌日の試合では「出るつもりでいた」ものの出場機会を与えられなかった。相手投手の右・左にかかわらず起用される信頼度を築くことが、これからの課題だ。

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どれだけグラウンドの上で輝けるか。

 森のパーソナルスローガンは「KEEP SHINING EVEN IN THE DARK」。暗闇の中でも輝き続ける――そんな言葉を掲げる理由を、こう語った。

「チームの状況、チームの雰囲気がどうであれ、いつも自分は光り続けていたいと思ってるんです。それによって、みんなをどんどん光らせていきたい。ぼくの立場で言うのはちょっと、上からみたいな表現になってしまうんですけど……。自分が発した光をどんどん全体につなげていく、そういうイメージを持っています」

 本稿冒頭で触れた場面。ヒットで出て、蝦名の一打で生還した森はたしかに暗がりを照らす光源となった。2アウト走者なしからの攻撃だったが、光が次々に連鎖するかのように打線はつながり、同点に追いついた。

 あとは、どれだけグラウンドの上で輝けるか。レギュラー獲りへの思いをあらためて問われると、短く、明快に言い切った。

「しっかり守って、打って、走る。それだけです」

 若者の視線には自信がみなぎっていた。

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