コラム
2022/06/27
6月26日、横浜スタジアムで行われたカープ戦。延長12回までもつれ込む総力戦のすえに、ベイスターズは敗れた。これで同一カード3連敗となり、負け越しは今シーズン最多の「9」に達した。
終盤に盛り返したのはベイスターズだった。1-3の2点ビハインドで迎えた8回裏に1点、9回裏にも2アウト走者なしから1点を返して土壇場で追いついた。
いずれの場面も、起点となったのは桑原将志だ。8回は先頭打者として右中間フェンスを直撃する二塁打。四球で出塁した9回は、続く佐野恵太の二塁打の間にダイヤモンドを駆け抜け、気持ちを込めて頭から同点のホームに滑り込んだ。
ただ、サヨナラを狙った11回は空振り三振。5回の攻撃ではバント失敗もあった。
この試合の前日に語っていたのは「今シーズンはもどかしい気持ちをずっと持ったまま」の一言。
チームも、ファンも、そして桑原自身にとっても、苦みの強い日曜日の夕暮れとなった。
昨シーズン、「1番・中堅手」のポジションをつかみ取った。135試合に出場(うちスタメンが122試合)。リーグ5位に当たる打率.310をマークし、同1割台と低調だった2019、2020年からの変貌を見せつけた。
いまから1年ほど前のインタビューで、桑原はこう話していた。
「これまでは、自分の言ってることがころころ変わることが多かった。今年こそ、絶対に変えないという強い気持ちがあります。どんなことがあろうと、ぼくらしくプレーしていく。何も恐れず、何も変えずにやっていきたい」
自分らしさを貫くしかない――。苦悩の絶えない長いトンネルを通り抜けて達した境地と言えるだろうか。そう吹っ切れると、おのずと道は拓けていった。
決めたとおりにシーズンの閉幕まで信念を貫き通した。好成績が残り、評価も
された。ただ、達成感がこみ上げてくることはなかった。
「終わった瞬間は、うれしいという気持ちはあまりなかったですし、今年(2022年)のことばかり考えてましたね。ホッとしてられないなって」
オフは例年どおり、体力面の強化を第一とした。「ぼくの場合は、体づくりに伴って精神的にも落ち着く」。土台を固めて春季キャンプに臨んだ。
前年の実績をもとに、桑原には今年もリードオフマンとしての安定的な活躍が期待されていた。しかし、期待を背に受ける桑原自身は、首を捻りながら過ごすことが多かったようだ。
「体のメカニック的な部分で、去年とちょっとズレが生じていた。正直、焦りもありました」
オープン戦の打率は.163(43打数7安打)。11年目のシーズン開幕を前に、暗雲が垂れ込め始めていた。
前提として、桑原は昨シーズンのスタイルを変えずに継続させている。
ビジターでの試合の際にはチーム全体の移動よりも先に球場に入るなど、個人練習の時間を確保して準備を整える。ティーバッティングで汗を流しながら、コンパクトにセンター方向に打ち返す意識を確認。そして、試合ではチームのために全力を尽くす。このサイクルを丁寧に回すこと、ひたむきな自分を保ち続けることで結果がついてきたのだから、今年もそれを変える必要はないと考えた。
ダメだったからすぐに変えるようでは、「行き当たりばったりだった」という過去の自分に戻ってしまう。
白球と向き合う姿勢は同じなのに、肉体の感覚に変化があった。桑原は言う。
「(軸足への体重の)乗りが浅いことですかね。あとはトップに入るとき。去年、手を使うという意識がなくなって、どちらかというと背中の大きい筋肉で上半身をコントロールしていたイメージがありました。いまは、その感覚が薄くて……。悩んでいる部分ではありますね」
開幕してからも、感覚の微妙な狂いを払拭できずに日々が過ぎた。
「ゲームが不安になる、とかはないんです。始まってしまえば、やってやるという気持ちしかないですし。ただ、練習のときにそれ(昨シーズンのような感覚)を感じられないと、やっぱり気持ち悪さはありますね。実感が起きてこないところが、さみしいというか」
復調に向けて手探りを続けるなか、追い討ちをかけるかのように新型コロナウイルスの陽性判定を受けた。4月10日から始まった隔離生活を、桑原が振り返る。
「家で野球を見ることくらいしかできなくて。どんなことでもプラスに捉えることが大事だと言われますけど、あの期間は野球ができないストレスしかなかったです。しばらくの間はメンタルがやられてました。やっぱり野球をしていないと、ぼくは落ち着かない」
一軍へと復帰できたのは同26日。太陽の下で野球ができる喜びを嚙みしめながらも、依然として課題を解決できずにいた。
4月終了時の打率.200。5月終了時の打率.193。
上昇の兆しが見えないなかでスタメン落ちや打順の変更もなされ、桑原の立場は流動的になっていく。
打開策を見いだそうと苦闘していた桑原に助言した一人が、藤田一也だった。
藤田がトレード移籍によってベイスターズを去った2012年6月、桑原は高卒での入団から数カ月しか経っていない新人であり、接点はほぼなかった。桑原は言う。
「(今年からチームに復帰した)一也さんと、すごく話をするようになりました。ぼくが思っていることを聞いてくれて。一也さんはぼくのことを知らないということで、去年の映像まで見返して、それを今年のものと照らし合わせてアドバイスをくれました。『そんなことまでしてくれるんだ』って思いましたね」
藤田の目に留まったのは、トップに入ったときの姿の違いだった。バットの角度が変わっているとの指摘を受けた桑原は、練習中からそのポイントを意識するようになる。
「そこから少しずつよくなってきました。一也さんのアプローチがなければ、そういう段階には入っていけなかったと思うので、感謝しかないです」
6月の月別打率は、現時点で.328。前月までとの違いは明らかであり、底を脱したとは言えそうだが、桑原の表現はちょっと遠回しだ。
「体の感覚はよくなってきていると思います。よくなってないと、たぶんヒットは出ないですから。去年と比べたら、全然届かない部分もまだ多いですけど」
今シーズンの道のりを振り返る言葉は歯がゆさがにじむものばかりだ。悔しかった打席を問われても「あり過ぎて覚えていない」と苦笑する。
ただ、その先に一度だけ、「成長」という言葉を使った。
「まあ、起きた出来事はそこで切れるようになったのが今年の成長ですかね。バッティングはバッティング、守備は守備で、全部区切ってます。別にヘコんでるとかってこともないですし、どうやってヒットを打つかしか考えていない。去年よりも今年になって、受け入れられるようにはなってきました。誰に何と言われようと、自分で責任は取る。そういう気持ちは今年のほうが強い」
交流戦が始まった5月24日以降は1番打者に入っておらず、下位打線か、2番での起用が続いている。打順について、桑原は言う。
「そこは自分で左右できるものじゃないし、どの打順に入っても自分ができることをやるしかない。(1番がいいという)こだわりはもう特にないですね。結果を残さない限り、去年の立ち位置になれないということは自分でわかっているので。いまは打順がどうこう言ってられないですよ」
口調自体は桑原らしく明るい。どこか体が悪いわけでは――というインタビュアーの言葉を遮るように、こう話す。
「それは絶対ないです。骨一本折れたぐらいでも野球できます。いまのメンタルやったら。球場に見に来てくれているファンの方は、ぼくが躍動する、ヒットを打つ、いいプレーすることを期待して見に来てくれていると思うので、それに応えられるようにしていきたい。ただ自分自身は、しっかり自分の体と心と向き合って、どうしたら結果を残せるかってことだけ考えて。また明日から、一日一日がんばります」
7月には29歳になるが、「現状に満足してるような年齢じゃないし、まだまだ進化しないといけない」。倒れても、倒れても、立ち上がってきたガッツマン。この男の再起が、チームの浮上に欠かせない。