コラム
2022/08/22
連なる白丸で真珠の首飾りでもつくれそうな勢いだ。
ベイスターズの8月の月間成績はここまで14勝2敗。本拠地・横浜スタジアムでは6月28日タイガース戦から8月21日カープ戦まで、ついに17連勝の新記録を打ち立て、なお継続中である。
最大で「17.5」まで開いていた首位スワローズとのゲーム差は「4」にまで縮まった。夏の終わり、横浜の温度はむしろ上がっている。
快進撃のチームにおいて攻守に躍動する選手の一人が、捕手の嶺井博希だ。
称える言葉をかけられれば「いえいえ、とんでもないです」と首を振る。チームの捕手では最多となる57試合の先発出場を誇る謙虚な31歳に、いま何が起きているのか。
昨シーズン、入団8年目にして初めて開幕戦でスタメンマスクを任された。その試合に競り負けると、ジャイアンツとのカードを2敗1分で終える。勝てなかった3連戦すべてにスタメン出場した嶺井は肩を落とした。
6月にファーム降格。一軍に再昇格することなく、9月には右ヒジのクリーニング手術を受けた。不完全燃焼の昨年を、こう振り返る。
「初めて開幕戦で座らせてもらって、初めてのことばかりのなかで、結果もよくなくて。それをずっと引きずってしまったな、と。そこがいちばんよくなかったですね。いま考えてみれば」
1年前の自分と、いまの自分は、何が変わったのか。そんな問いには、本音ともジョークとも取れるような口調でこう答えた。
「ヒジの骨を取ったぐらいですかね」
重ねて聞かれて、絞りだす。
「手術をして、離脱する期間があって。その間に自分をもう一回見つめ直せた。これまでやってきたこともそうですし、これからやらないといけないことも。この先の野球人生がそう長くないってことも加味しながら」
プロ入りしてからというもの、幾人かのバッテリーコーチに教えを受けてきた。「いままで教えてもらってきたことがマッチして、うまく回るようになったのかな」。指導者の言葉一つひとつを頭と体にしみ込ませ、いまの嶺井博希はできている。
今シーズンからは相川亮二が一軍のバッテリーコーチに就任。その言葉を契機として、心境に変化があったようだ。
「相川さんからは『自分を出してくれ』という感じのことを言われています。そういう気持ちでやるようになったら、あまり競争を意識しなくなりました。ただ自分がやりたいようにやらせてもらっています」
今シーズンの印象的な場面の一つに、8月12日、神宮球場でのスワローズ戦が挙げられる。
4-2と2点リードで迎えた8回裏、1アウト満塁のピンチで入江大生がマウンドに上がった。サンタナから三振を奪って2アウトとしたものの、オスナに四球を与えて押し出しで1点。同点、逆転を狙って代打に出てきた山田哲人への制球も乱れた。
ここで嶺井は入江のもとに歩み寄り、目を合わせて、しばらく話をした。
嶺井は言う。
「(昨年8月に右ヒジのクリーニング手術を受けた)入江とは、ずっといっしょにリハビリをしていて。リハビリ明けから、いいボールを投げていました。自分の中では、期待しているピッチャーなんです」
一級品の球を投げる右腕も、さすがに土壇場のマウンドで力んでいた。それを感じ取った捕手が伝えたかったのは、シンプルなメッセージだった。
「彼は中継ぎに入って1年目で、まだ経験している段階なので。こういう場面も一つの糧になればいい。自分を苦しめないように、『普通にやれよ』と話しました」
入江はうなずき、ストライクゾーンに直球を投げ込んだ。力で押して、ライトフライ。リードを保ち、マウンドから歩み降りた。
同20日のカープ戦でも、バッテリーは厳しい状況に直面する。4点差から1点差に追い上げられて迎えた8回表。マクブルームに同点のソロ本塁打を浴びた。続く西川龍馬は四球で歩かせた。流れは明らかにカープに傾いていた。
ただ、嶺井は冷静だった。
「7回あたりから流れが悪かったので、追い越されないようにだけ、同点まではOKという気持ちでした。(本塁打も)その範囲内の出来事だったので、想定内というか」
1アウト一塁。打席の坂倉将吾に対しては、直球主体のリードをした。
「ピッチャーのいいボールをどんどん投げさせよう、と。入江はそれで勝負できるピッチャーなので」
最後は内角に構え、入江が要求に応えて見逃しの三振を奪った。
次打者の會澤翼に対しては一転、フォークを多く投げさせた。この日の入江のフォークは抜け気味で、カウントを取りはしたものの危ないボールもあった。逆転されれば連勝が止まるかもしれない試合終盤、フォークの要求に怖さはなかったのか。
嶺井は断言する。
「いや……怖くはないです。実際、フォークがあまりよくない時期には来てるんですけど、そういう時期があっても1年間、試合で投げるピッチャーになってほしいと思っているので。打たれても勉強ですし、抑えても勉強なので。自分の中では怖さっていうのは、あまりないですね」
打たれても勉強、抑えても勉強――それはきっと、嶺井自身がこれまで経験してきたことに違いない。
先述したとおり、1年前との違いについては「ヒジの骨を取ったこと」とはぐらかしたが、3年前、5年前との違いについては、こう話した。
「年を重ねて、いいことも、悪いこともいろいろ経験させてもらいました。その経験がいま、ものを言っているのかなと思います」
山と谷を乗り越えてきた捕手だからできる、若い投手の心を引っ張るリード。フォークを続けたあとでの150kmストレートに會澤のバットは空を斬り、「追い越されない」ミッションは達成された。
打撃の面でも、今シーズンの嶺井は効果的な一打を数多く放っている。
打率が.232に留まっていることから、本人は「数字が低いので、まだまだ練習して人並みに打てるようにがんばりたい」と謙遜するが、得点圏では.273、また8月の月別打率は.281と、頼もしさが出てきた。
ただ、バッティングに関して、新たな取り組みをしているわけではないという。
「2、3年前ぐらいから変えていないですね。意識しているのは『見えたら、振る』。バットコントロールがあるタイプでもないですし、しっかり打てる球だけを打てるようにやっています」
8月19日のカープ戦では、4回裏に満塁の走者を一掃する二塁打を放った。2球ファウルが続いて追い込まれた3球目、チェンジアップを見事に捉えた当たりだった。
「前のバッターたちがそういう流れをつくってくれただけ。見えて振ったら、たまたまいいところに飛んでくれたなって」
配球の読みもあった?そんな質問には、嶺井らしく苦笑交じりに答えた。
「読んで打てるなら、たぶんもっと打ててます」
ちなみに、ここまでに放ったシーズン44安打は、2年目に並んで自己最多タイ。29打点はすでにキャリアハイだ。地道に、しぶとく、バッティングも成長している。
本拠地での17連勝、さらに今シーズン最長の6連勝中と、現在のチーム状況のよさは疑いようがない。要因はさまざまあろうが、先発投手の安定は一つの大きなポイントだ。
「キャッチャーとして考えていることは、ゲームを壊さないことだけですね。一方的にやられない。それだけを意識しています」
大量失点がほとんどない後半戦、目指すリードはまずまずできている。「80点ぐらい」という自己採点は、充実感の証拠だろう。
「スワローズがどうとか関係ないと思いますし、ほんとに勝つしかないので。目の前の1試合1試合をみんなで勝ちにいく。たとえ負けたとしても明日、勝ちにいく。そういう一戦一戦の積み重ねで向かっていければと思います」
残り38試合。過密日程の9月も控えている。これから何が起こるか、誰にもわからない。
自己採点は「100点」と断言できる日が来る可能性だって、まだ残されている。