コラム
2022/08/29
機会はふいに訪れた。
8月24日のタイガース戦、ベイスターズが4点のリードを持って9回へ。まずは平田真吾がマウンドを託されたが、2アウトを取ってから2本の単打で走者を溜めた。ここからの本塁打2本で同点となる局面は、セーブシチュエーションに該当する。三浦大輔監督はすかさず動いた。
京セラドームの三塁側ベンチから駆けだしてきたのは、今シーズン29セーブ、プロ通算では199セーブを積み上げてきたクローザー、山﨑康晃だ。
「セーブシチュエーションになったら入るよ、と言われていました。それまでのチームの勢いを持っていかれないためにも、あそこで投げることはぼく自身も心していました」
糸原健斗との対戦は、わずか2球で決する。ツーシームでセンターフライに打ち取り、節目の通算200セーブは静かに達成された。
通算150セーブ達成時、山﨑は「ボールはファンにあげちゃいました」と言ってチームスタッフを驚かせたあと、「ぼくのいちばんのファンはお母さんじゃないですか」と笑っていた。
今回もまた、記念のボールは母に捧げた。昨年10月に他界したベリアさんの仏前に――。山﨑は柔和な表情を浮かべて言う。
「やっぱりお母さんに、いちばんに報告したかった。変わらずいちばんのファンですし、家族なので。いまでもずっと近くで応援してくれてるって信じながら、ぼくもマウンドに立っています」
汗をかく間もなかった200セーブ目とは対照的に、198セーブ目をつかみ取るまでの過程では大量の汗を散らした。
舞台は8月20日のカープ戦だ。ただ1点のリードを保つべく横浜スタジアムのマウンドに向かった。
1球で1アウトを取ったのち、遊撃手強襲の内野安打で出塁を許す。代走に曽根海成が送られ、打席には堂林翔太。その4球目、曽根がスタートを切る。伊藤光の送球は走者と交錯し、二塁後方に逸れる間に曽根は三塁に到達。犠飛でも同点のピンチが訪れた。
カウントは2-2。山﨑が振り返る。
「バットにコンタクトされるにしても、なんとか内野ゴロを打たせたいな、と。そのためにはインコースを強気に攻めないといけないと思っていました」
内角に構えた伊藤のミットめがけて、渾身の直球が投じられた。「凡打を期待して投げられるところはあそこしかない」スポットに投げきり、詰まらせ、狙いどおりの三塁ゴロ。ギャンブルスタートを切っていた曽根が本塁でアウトになった瞬間、山﨑は声をあげて気迫を露わにした。
次打者の羽月隆太郎にはボールが3球続いたが、気持ちを立て直してストライク2つ。フルカウントとし、伊藤とサインを交換した。幻惑の意図を込めて幾度か首を振ったが、バッテリーの思いは初めから一致していた。
「腹をくくって、これでボールになったらしょうがないなって思えるのはやっぱりストレート。自分を持ち上げるような発言になってしまいますけど、いまのストレートなら前に弾かれないだろう、と。そういう自信を持って選択しました」
初球から6球連続となる直球はバットの上を通過した。およそ15分間にわたる攻防を制する姿はまさしく守護神だった。本人いわく「大人げない」くらいのガッツポーズを繰り出して、セーブを一つ、積み重ねた。
たとえば1年前なら、同じ場面でストレートを投げられましたか――。問われた山﨑は、こう言葉を絞りだした。
「うーん……そう言われると首をかしげてしまうというか、どこか自分を疑う部分は少なからずありますね」
セーブ数100から150への積み上げに要した年月は1年3カ月ほど。150から200への積み上げには、その倍以上、3年余りを費やした。2020年は6セーブ、2021年は1セーブ。ペースが鈍化した直近2シーズンは、苦難に満ちた期間だった。
その間、どんな状態に陥っていたのか。
「自分の可能性にかける思いはずっと持ち続けていたんです。でも正直、体が思うように動いてくれないときもあったし、思い描くストレートとはだいぶかけ離れていて……。(セットアッパーとして)7回、8回を投げるたびにどんどん自信を失っていくというか、負の連鎖に自分から入っていってしまった部分はあると思う」
昨シーズンは60試合に登板し、27ホールド、防御率3.27の成績を収めた。中継ぎ投手としては高く評価されていい数字だが、「9回に投げたい気持ちはずっと捨てきれなかった」。だから、物足りなさは常につきまとった。
いま、不動のクローザーとして復権を果たした。いるべき場所、ありたい自分へと戻ってこられた要因として、山﨑は多角的にコメントする。
「まず、『絶対にまた9回に投げたい』という気持ちを持ち続けたこと。それから、報道されているように体を絞ったことだったり、もっと強力なパフォーマンスを引き出せるようにしてきたことだったり。あとはやっぱり……ぼくって、すごく気持ちで動くプレーヤーだと思うんです。大谷翔平選手のようなストレートは投げられないし、エスコバーみたいに強い球も投げられない。ブルペンでは伊勢(大夢)や入江(大生)のほうがすごいボールを投げてます。ただ、絶対にここを抑えるんだ、チームのために絶対に点はやれない、そういうポジションに入ったときに力を発揮できる点だけは勝っているのかなって。もちろん、家族の思いもあります。大事なのは毎年ですけど、今年は(母に)絶対にいい報告をしてやるんだという思いで、きついトレーニングにも向き合ってきました。そういうものがうまくマッチして、今年のぼくの強さを生んでいるような気がします」
発言の中にもあったように、復調の一因としてよく挙げられるのが減量による効果だ。今春のキャンプには7~8kgほど体重を落として臨み、結果として現在の好調があるから、因果関係はあるように見える。
ただ実際のところ、本人はどのように感じているのだろうか。
「体重が重いからどう、軽いからどうというのは、なかなか正解は見つけにくいと思います。今シーズンの成績がよければ、減量は成功と言われる。でも(減量する前の)去年だって、いちばん悪いときに比べればそこまでパフォーマンスが悪かったわけじゃないし、いまだってキャンプのころに比べたら大きくなっているわけだし。思い返せば、プロ1年目は体力がもたなくて2週間以上休みましたからね。そういう経験も含めて自分の適正体重を探ってはいますけど、結局いまでも、何がよくて何が悪いのか、はっきりとはわからないですね」
ただ、一つだけたしかに言えることがある。
「体重をコントロールして、より力を引き出す。そういうことが自分でもできるんだってところは自信になりました。そういうパワーを自分も備え持っていて、きっかけ一つで変われるんだって」
厳しい自制によって変貌を遂げられると気づけたことこそが、減量の最大の効果だったのかもしれない。
自らに変化を促した要素を、山﨑はさらに挙げる。
「やっぱりライバルの存在が非常に大きいなと思います。チーム内に自分の立場を脅かす存在が増えてきたので。昨年でいえば三嶋(一輝)さん、今年は伊勢が出てきて、エスコバーにも引っ張られている。それと刺激を与えてくれているのは入江ですよね。ビハインドの場面で投げるピッチャーの姿もすごく勉強になりますし、そういう存在が自分を高めてくれています」
ゲーム差「4」で迎えた首位スワローズとの3連戦。勝ち越して詰め寄りたいところだったが、現実は厳しく、3連敗でゲーム差は「7」となった。
とりわけ2戦目は、7本の本塁打を浴びるなど16失点と大敗。出番のなかったクローザーは、ブルペンでもどかしさを募らせることしかできなかった。
「本当に悔しい負け方。次の日、ピッチャーが集合したところで『みんなでアグレッシブにいこうよ』という話をさせてもらいました。優勝のプレッシャーがかかるシーズンはいままであまりなかったし、連投で思うような結果が出ないときも必ずありますけど、そんななかでもぼくはしっかり、どっしりしておきたい。チームがグラつくようなときに、『いつもどおりやろうよ』って声をかけられる存在でありたいなと思っています」
入団から8年目。安定感を取り戻したからこそ、広い視野を持てている。緊張感のある毎日を送るなかで「成長できているという事実がある」とも山﨑は言う。
まだまだ航路を残す2022年シーズン、水平線の先に見える光に向かって、全員でオールを漕ぐ。